2015/02/01
かじられドーナツ

ショーケースにならんだドーナツ
自分がどんな味なのか
自分がどれだけ甘いのか
本人だけが知りません。
不安で自信がなくて、
誰かに教えてほしかった。
ある夜、
ドーナツはショーケースをのりこえて
思いきって街へとび出した。
もしもし、ぼくを少しかじってもらえますか?
ぼくを味わってもらえますか?
どんな味がするのか教えてほしいんです。

たずねては男がひとかじり、
たずねては女がふたかじり。
かじるたびにみな、
その極上な甘さにうっとりするばかり。
あぁぼくは甘くておいしい、みんなの大好物!
ぼくってすごいんだ!!
すっかり自信をつけたドーナツ、
得意満面、スキップしてお店にもどりました。
ところが…。

ドーナツが店にもどるなり、店主はどなった!
「食べかけのドーナツなんて売りものになるか?!」
かじりかじられたドーナツが、
二度とショーケースにならぶことはありませんでした。

店主がいっしょうけんめい作った体をかってに食べさせて、
有頂天になっていたかじられドーナツ。
もう、どこへもいく先がありません。
一晩泣いて、二晩泣いて
朝と夜がつながるまで泣きあかしたある日、
賢者シーバスのところへ相談にいきました。
「あぁ、ぼくはこれからどうすればいい?」

だまって話を聞いていた賢者シーバスは、
夜を待って、かじられドーナツを
酒場のステージへとつれていくと、
「キミのほんとうの魅力は、
キミが甘くておいしいってことじゃないのかもしれないよ。
さぁ、いまの気持ちを、いましか出ない声で、
声のかぎりに歌ってごらん。」
かじられドーナツは勇気をだしてステージにあがると、
シーバスに言われたとおり、いまの気持ちをそのままに、
声をふりしぼって歌いました。
するとどうでしょう。
酒場は拍手かっさい、
人びとは涙をながしたり、おどりをおどったりして、
その歌を心から楽しんでいました。
かじられドーナツはその時はじめて、
自分を食べてもらうことの、ほんとうの喜びを知ったのです。
もう誰に体をかじらせることもなく、
甘くておいしい自分をじまんすることもなく、
みんなと朝までなかよく、おどりあかしましたとさ。

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